日本のバブル景気の様子。パート2

銀座から見たバブル景気の様子。

私のサラリーマン時代が数年後に終わる時に、銀座6丁目の本社ショールームに空いた時間があり、半日過ごしました。

すると、ショーウインドウを外から熱心に見る婦人がいました。そしてショーウインドウから目をはなして、ドアを開けて入ってこられました。

私がいたので、その婦人の接客をしました。ショーウインドウには高級毛皮、宝石、ブランド品の高級バッグなどが、飾ってあって一般の人には入りずらい雰囲気が漂っています。大理石の床や壁に、天井には豪華なシャンデリアがきらめくインテリアですので、1日多くて5人も入って来ません。1日ゼロの日も珍しく有りません。

その様な店作りですが、その婦人は平気な顔で入ってきました。その婦人の姿は買い物籠で割烹着にエプロンをしていましたが、化粧もしっかりとして、綺麗な40代位の女性です。

普通ではこの様なか姿では入りずらいお店なのですが、素直な気持ちでその婦人の接客をしました。

すると、すぐにウインドウに飾ってあった、エルメスのクロコダイルのケリーバックと同じくオーストリッチのケリーバックをを見せて欲しいと言われました。

私はすぐに椅子に座ってもらい、そしてウインドウから、ケリーバックを2つ持ってお客様に見せるために、大理石の机に布を引いて、バックを置きました。

38年前のエルメスのクロコダイルとオーストリッチの価格は、クロコダイルの方が180万円、オーストリッチの方が80万円です。

それを見て、その婦人はいいですね!と言って2つともください。と言って買い物籠から、300万円を現金でその場でしはらいました。

多分、その婦人は近くの料理屋さんか、割烹のお店の女将さんでしょうか?銀座にはこの様な人がいます。

ブランドの力はすごいと思いました。宝石、毛皮でショールムに飛び込みで何百万の商品を買っていただくのはまれですが、エルメスブランド品はこの様に売れていきました。ただ並行輸入なので毛皮や宝石ほどは利益はありませんが、フランス、アメリカ、香港に行ったついでに買ってきますが、経費くらいは取れるので買ってきます。

銀座のクラブの全盛期

本社ショールームのあるビルの地下に高級クラブがありますが、時々開店前にそこのママさんが遊びに来ます。

宝石がとても好きで、指輪など立派なものを付けています。よくショーケースの指輪を見ていいね!と言ってくれます。そのママさんも立派な指輪を幾つも持っているので比べているようです。

そして、時々いう言葉がすごいのです。貴方たちはサラリーマンなので、内みたいなクラブには入ったらダメよ!言います。うちは座っただけで、3万円とり、指名して、ボトルを入れたら安いものでも10万以上で高いものでは100万円以上するからね!と言ってくださいました。

そして、すごいのはそれでもお客様は高いお勘定ではないとそのママさんが言いました。毎日美容院に行って用意します。数百万の着物を着て、数千万の指輪などを付けるのですから、私から見たら、安いのです!と凄いですね!

バブル景気の頃は、銀座では毎日新しいクラブがオープンします。なぜわかるかと言えば、表に花束が飾ってあり、華やかなオープンの目印になります。私達が前を歩くと綺麗なホステスさんが、花をくれます。この様に銀座では一人のお客様が、100万円、200万円一晩で使う事は当たり前のように使っていました。

オープンの御祝儀でも数百万のお金を一晩で使う事など気にしなくてもいいほどのお客様がいました。、収入がどれほどあるのかわかりませんが、お金を湯水のごとく使っていた時がバブル景気の特徴です。

会社の接待でも多く使われていましたので、恐ろしいほどお金が落ちていきました。深夜になると、接待族はタクシーの前で挨拶する姿が毎日みれました。タクシーが所狭しというほど多く止まっていました。タクシーを探すのが大変ですほど、多くの人が乗ってかえります。勿論タクシー代は接待する側がタクシー代として、5、10万円ぐらいは包んでいます。

これが、普通の営業しているサラリーマンの接待の様子です。この時は接待交際費は全額経費でおちた時代です。

私の会社の銀座6丁目のショールームから見た、バブル景気の頃の銀座の夜の様子です。

個人事業主も同じ様な恩恵を受けていた時代です。

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今、ミニバブルは不動産業界で起きていますが、では本当のバブルとはどの様な世界だったのでしょうか?

日本のバブルの頃はどの様な世界を見たのでしょうか?

今から30年以上前、1980年代から1990年代位を言います。日本国中好景気にわいていた時、今では考えられない事が起きていました。

一番の原因は金融機関が不動産購入には無制限にお金が貸し出しした事から始まりました。例えば新宿区の少し駅から離れた所でメイン道路でなくて、20坪くらいの土地でも2億3億円は当たり前のことでした。たった1週間でわずか20坪の土地で1億円稼いでいることなどほんの序の口でした。

友人関係に不動産会社や、土地ブローカーなどの事も、後でもっと詳しい話を起業してからの事を後で書きます。先ずは…….

私も30歳になり、サラリーマン時代の終盤にかかっていて、この数年後に起業しました。サラリーマン時代から、起業して色んな経験をしました。私の目で見た、感じた事、そして私もその波に乗って事業主として進んで行きました。

サラリーマン時代の終盤にバブルが始まりました。新宿区の下落合駅から数分で行ける社宅に住んでいたので新聞に不動産のチラシがよく入っていましたので、その情報をよく見ていました。

そして、先ずは港区、中央区などから土地の高騰が始まり、そのうちに渋谷区、世田谷区など、みるみる内に一軒家の価格が上がりだしたのを見ながら、じりじりとしていました。しばらくしたら今度はマンションが上がり初めていて、これは大変だと感じながらも今のままではどうしょもありません。

ちょうど、宝石と毛皮の輸入、製造販売の仕事をしていました。会社では実質的にはナンバー2の位置で、営業本部長の位置で、ほとんど私に権限をくれましたので、企画から、戦略的ことから、仕入れの事もほとんどタッチしていました。

部下は200名くらいで、各部長、課長などに会議と指令をしていました。本社はショールームを兼ねて、銀座6丁目にありました。

会社のお付き合いでローレスロイスのシルバーシャドウを買いそれを私が乗る事になりました。会社のイメージアップの為いつもショールームの前に置きました。

宝石と毛皮の仕事は何の基盤も無い所から始めました。本社は中堅の商事会社で毛皮を輸入出来ても販売する基盤がなく、ただ銀座のショールームと最初の商品を作る為の資金を出しただけで、後は自達で全てしなくてはならないでした。

本当に手探り状態が続きました。初めはよーいドンで3人の営業がいました。私もただの一営業マンで始めましたが、他の2人の営業マンは小売りをメインに動いていました。

本当に毎日、毎月が苦戦の連続で、最初の1年目の売り上げは1億円の売り上げがいくか、行かないかの実績でした。

このままでいけないと思い卸売りをする事に決めて自分は、コラボ出来る会社を見つける事に専念しました。

高級品なので、買い取りはまずできないと思い、営業販売出来る会社にアタックしました。

札幌の無店舗販売で宝石の販売している会社がありました。

そして、札幌にある宝石の有本と言う会社にアポイントメントして、社長と交渉出来ました。持っていった商品はアメリカ直輸入品で高級品ばかりでしたので、とても気に入ってもらい、直ぐに取引が出来るようになりました。

この会社は無店舗販売で外販出来る営業マンが30人以上いました。年間の売り上げも30億円以上あり、北海道でも一番の宝石販売の企業です。

家庭訪問で売る事はあまりせずに、展示販売に力を入れています。高級ホテルの一番大きいホールを借りて、宝石、毛皮、高級時計など展示して販売します。

毎月必ず、1回は開催して、大きな売り上げをします。展示販売の時商品は周りにぐるっと展示して、真ん中にダイニングテーブルセットを置いて、お客様を接待します。

営業マンはお客様を椅子に座るとお客様の好みの飲み物のオーダーをします。ワイン、シャンパン、ビールと飲みながら接待し、いよいよファションショーがフルコース料理食べながら始まります。

モデルが毛皮と宝石を見せながら歩いて来ます。素敵な音楽に合わせながらナレーションーが入ります。

毛皮のコートロシアンセイブルロングコート、8000万、ダイヤモンドのネックレス5000万、ダイヤとサファイヤの指輪、7000万、合わせて2億円の宝石と毛皮です。

この様なファッションショーが20~30分続き、いよいよ販売する時がきます。モデルの付けている宝石、毛皮を見せに周ります。お客様はそのまま席で飲み物を飲みながら、各営業マンがお客様に合わせながら、宝石をテーブルにもっていき、交渉が始まります。

私達の毛皮も展示している所にお客様が来て、担当している営業マンと私達が、お客様に毛皮のコートの試着を次々として、クロージングして、サイズ直しなどの手続きをします。

300万、500万の毛皮が次々と売れていきます。テーブルの宝石もあちこち販売し、成立していました。札幌でも高収入の人々がお客様になっています。ビルを持っている人とか、社長夫人や、事業主がほとんどです。

バックヤードに行くと売り上げの報告が福社長の陣頭指揮をして、支持を出しています。現在の売り上げはいくらかと営業マンにはっぱをかけていました。

2日間で4回のローテーションを組みます。そして最後に歌謡ショーが始まり、割と有名人が歌っていました。

一回展示会で3時間くらいかけて宝石、毛皮、高級時計など販売します。昼組と夕方と大体一回の展示会で50人~70人のお客様を呼びます。お酒など進めて、ファションショーで何億円の高級品を見せて、数百万の商品が安く感じるようになります。

そして、最後に割と有名な歌手が30分くらいのショーをして終わります。すごいのはお客様が帰る時にほとんどのお客様の顔が笑顔で帰るので素晴らしい演出です。確かにお金は使いますが、顧客管理と思えば安いものです。バブルの時はこの様な経営者がいっぱいいました。展示会経費は展示会の10~15パーセント使うそうです。

そして、中にスーパー営業マンがいて、社長さんが紹介してくれました。40代の少しふくよかな女性で社長さんが言っていました。私より年収が多く、車も運転手付きの人で、かなりいいお客様を掴んでいると言いました。そのスーパー営業マンがお客様を毛皮のコーナーきて、500万円の毛皮を5分ぐらいで決まて、サイズ直しお願いと言って次のお客様に接客しにいきました。

後で彼女の年収は4000万円と言っていました。ちなみに社長さんの年収は3000万円と言っていました。社長さんの家は札幌市中央区の一等地で500坪の家で、春には桜の花見にみんな来るよと言っていました。この時期はトヨタのクラウンが200万もしなかったので今では大変な年収ですね!

2日間で売り上げ目標は3億と言っていました。私達にも一回展示会に行けば2000万から4000万円ぐらい毛皮の売り上げがありましたので、まあまあの展示会の売り上げがありましたが、もっといいのはこのやり方を少しのアレンジで使う事が出来ると確信して、販売会社にアタックしました。

ノウハウが会社の運命を変えました。

化粧品の訪問販売している会社、健康食品の訪問販売会社、地方の有名老舗宝石店、高級服や高級ファションを販売してる会社、お店など次々開拓し、展示販売しました。

展示販売する会社には、その前に勉強会もして展示所に動員するノウハウや販売する仕方など細かく教育して、望みました。

私はABC販売方法となずけて、販売会社とコラボして、大きな実績がドンドンが上がるようになりました。

やがて、2日で1億円の売り上げは普通になり、名古屋の訪問販売会社では、ついに2日間で3億円の売り上げを達成しました。その会社の社長はとても喜びました。そして毎年1度必ず展示販売することになり、この会社の社長ととても仲良くしていただきました。

この様にして、展示販売する事に力を入れて、販売する会社の開拓がスムーズに行くようになり、3年目で12億円の売り上げを達成しました。

4年目で26億、5年目に38億、そして6年目に50億円の売り上げを達成しました。信販会社も必死になって応援してくれて、ほとんど無審査で100万円ぐらいはとうしてくれました。

バブルが崩壊してから

この様に今では展示会している会社を知っていますが、100万円の商品を売るのに本当に苦労すると言っています。宝石商の友人も同じ様な事を言っています。

昔バブルの頃は1000万円の宝石の引き合い、つまり売り物を用意することが多かったが、今では数十万円の宝石の引き合いばかりです。とあきらめの顔をしていました。

過去と現在をもう一度ふりかえります。

この様にバブルの経済にドンドン入って行くようになりました。次に第2弾のバブルの事をかきます。

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景気はいいと判断する人と悪いと感じる人と今は格差が大きくなっています。

東京エリアはミニバブルです。

不動産業界はミニバブル言っても過言ではありません。特に東京の中でも港区、中央区などや、ベイエリヤと言われている界わいはもう一般の庶民が手が出る範囲を超えています。

港区などは区の住んでいる家庭の平均年収が1000万円をはるかに超えています。私もよく港区の高輪や赤坂などに行きますが、高級車のオンパレードです。

ベンツ、BMW,日本のレクサスブランドも駐車場には普通に並んでいます。ちょと道路を見ていると、ポルシェなどは普通珍しくもないほど走っています。そして時々フェラーリやリムジンのベンツ、ベントレーなどの2000万円から5000万円クラスの自動車も走っていますので、高級車が当たり前のエリアです。。

古い40年以上50~70平米のマンションでも2LDKで5000万から7,8000万は当たり前です。

タワーマンションなどは1億円が一番安い物件で、2億3億は普通で5億~10億でも高い物件から売れています。

かたや、近くのスーパーマーケットの今日も日曜日の特売セールに雨の中でも多くの人が列にならんでいました。

昔のバブル景気の頃は日本人同士で土地、建物がドンドン上がっていましたが、今回は矢張り中国人の影響が大きくなっています。

東京ベイエリアのタワーマンションは投資目的で中国人の買い方で価格が大きく変わると言っています。

先日知り合った人が言っていました。彼の仕事はビルの設備関係の仕事で設計と具体的に設置の管理などの仕事をしています。

今現在進行形の仕事は横浜の未来都市の一部のエリアを3区画受け持っているそうです。そこにもやはり中国人マネーのパワーが影響を与えていると言っていました。

ビルの設備設計と具体的に数百億の仕事の依頼が来たそうですが、彼の会社が中国人の企業の日本の銀行にある、残高証明書を見たらなんと、数千億の残高があったので仕事を受ける事にしたと言っていました。

今回のミニバブルは中国人の影響が大変大きいですね!私の知人にも中国人相手専門の不動産会社を経営しています。

彼がよく言っている事は、中国人の購入している物件は日本人の求めている物件のひと桁違うと言っています。

数名の中国人をスタッフとして雇っていますが、なかなか稼いでると情報が入っています。

数年前に鬼怒川温泉の日立製作所が持っているリゾート物件ですが、5つの個別の館があり、母屋と合わせれば5000平米の温泉権のついている物件を5000万円で購入しました。少し手は加えましたが、中国人に1億5000万円で売れたと言っていました。

私の持っていた、山中湖の物件も彼に買ってもらいましたが、かなり高い値段で転売しました。

その反面、高齢者に最低賃金でキツイ仕事を平気でさせている企業も多くあります。生活防衛する為に仕方がなく働いています。ですからスーパーマーケットの特売に行かなくてならないのです。

社会の流れが高速になっている今日、流れに乗った企業、人は益々儲かるようになりますが、反面乗れなくて厳しい人達も増えています。

格差社会は決して良いことではありません。社会が暗くなるからです。社会不安も増えて、連日の様に嫌な事件が増えています。

矢張り安心して生きていける社会になって欲しいですね!その為には格差社会を見直すことが必要と共に、自分で幸せな人生を送るために出来る事を見出してください。

矢張り、仕事は生きて行く上では一番大切な事と思います。その仕事が好きな事を出来るなら、これ程いい事は有りませんので自分磨きを大切にしてください。

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